危機的経営状況になっても事業を継続するには
資金繰りの努力、経費圧縮の努力をしてもなお経営が立ち行かない場合でも、借入額(債務)を圧縮することができれば、破産や廃業することなく事業を継続できる可能性があります。
債務を圧縮する方法としては裁判所を利用しない私的整理(任意整理)と裁判所を利用する手続きである法的整理があります。
法的整理のなかには、そもそも事業継続を目的としない破産や事業継続する場合でも主として大企業の経営再建に利用される会社更生もありますが、まずは中小企業が事業継続する場合に利用される私的整理や民事再生についてご説明します。
私的整理とは、裁判所の手続きを経ることなく債権者との協議によって債務を減額する方法です。
多くの場合私的整理ガイドラインや中小企業再生支援協議会や特定認証ADRや地域経済活性化機構による事業再生支援業務を利用して行われています。
債権者に対し主に今後生じる利息の支払いの免除を求めるとともに、支払い期間を延ばすことにより元本の月々の支払い額について支払可能な範囲までの減額が可能か交渉することになります。
かつては、利息制限法の上限金利以上の金利での貸付に対し、利息制限法の法定金利に引き直すことにより払い過ぎた利息の返還を求めたり(過払金返還請求)、過払いにまでは至っていなくても、元本が大幅に減少するということも少なくありませんでした。しかしながら、平成22年6月の改正貸金業法施行により利息制限法を超える金利での貸し付けが認められなくなり、現在では借り入れは全て法定金利内という事業者の方が多いと思われるため、任意整理によって、過払い金が戻ってきたり、元本自体が減少するということは必ずしも多くなく、任意整理としては、今後生じる利息のカットを求めるということが多数を占めるようになりました。したがって、負債の元本だけであれば返済していくことが可能だ、ということであれば、任意整理も有効な債務圧縮手段となりますが、元本の返済だけではとても返していけない、ということであれば任意整理を選択することは問題の解決にはなりません。
通常の民事再生手続きは法人を念頭に置いて規定された手続きです。
民事再生とは、「経済的に窮境にある債務者について、その債権者の多数の同意を得、裁判所の認可を受けた再生計画を定めること等により、当該債務者とその債権者との間の民事上の権利関係を適切に調整し、もって当該債務者の事業又は経済生活の再生を図ることを目的」とした手続きです(民事再生法1条)
民事再生手続きの特徴としては、裁判所を利用する手続きであること、経営陣が変わることなく現経営陣によって再建が図られること、民事再生手続きによって制限できるのは無担保債権者の権利のみであること、あくまで債権者の過半数(債権者数の過半数かつ債権額の過半数)に納得してもらわないといけないことなどです。
民事再生は、同じ法的整理でも破産と異なり事業を継続するための手続きです。そのために債務の減額、弁済期間を履行可能な範囲に延ばすことを求めることになります。
民事再生は同じ法的整理でも会社更生と異なり経営陣の交代は求められません。
担保権を有する債権者以外の債権については、再生手続外での行使ができないため、再生計画が認可され、再生手続きに従った弁済が開始するまでの間弁済が猶予された形となります。
民事再生申立手続き開始後に再生債務者(民事再生を申し立てた会社)に対して負担した債務を相殺することは禁止されています(民事再生法93条1項)。債権者の1社である取引銀行(メインバンク等)の口座に民事再生開始決定後に売掛金が振り込まれても取引銀行は売掛金を貸付金と相殺することはできなくなります。民事再生手続き開始後は信用取引ができなくなり取引は全て現金決済となるので、決済資金を確保できることは大きな意味を持ちます。
民事再生が再建のための手続きであるとはいっても、法的整理の一つとして倒産の一類型とされている以上会社の信用は低下します。そのため以後の取引は信用取引はできなくなり現金決済をせざるをえなくなります。
再生手続き内で、再生計画に基づいて債務の減額や弁済期間の伸長が認められるのは担保を提供していない債務であり、担保を提供している債務については、担保権者は担保権を実行することができます。担保権の実行を避けるためには、担保権者と協議して弁済協定を締結しなければいけません。
①民事再生申立
②裁判所による監督委員の選任
③裁判所による再生手続開始決定
④債権者による債権届の提出
⑤再生会社による裁判所への財産評定・財産状況の報告
⑥再生会社による債権届が提出された債権についての認否
⑦再生会社による再生計画案の裁判所への提出
⑧債権者集会での再生計画案についての決議
⑨再生計画に従った弁済開始
個人再生手続きは、再生計画で予定される内容まで債務が圧縮されれば弁済が可能になるのであれば非常に有効な手段です。事業者の方で、債務が圧縮さえすればなんとか事業が継続することができる、という方はぜひ検討されてみてはいかがでしょうか。
法人の利用を主に予定していた民事再生手続を個人の方が利用しやすいように簡易化したものが個人民事再生(個人再生)という手続きです。
民事再生法では、「個人である債務者のうち、将来において継続的に又は反復して収入を得る見込みがあり、かつ再生債権の総額が5000万円を超えないものは、この節に規定する特則の適用を受ける再生手続きを行うことを求めることができる。」と規定されています(民事再生法221条1項)。
個人再生を利用するためには、
① 将来において継続的に又は反復して収入を得る見込みがあること
② 再生債権の総額が5000万円を超えないこと
が必要となります。
個人再生には、
①小規模個人再生
②給与所得者等再生
という二つの種類があります。
給与所得者再生は、給与等の定期的で変動の少ない収入がある債務者を予定した手続きなので個人事業主の方は小規模個人再生を利用するということになります。
自己破産と異なり事業を継続することができます。
自己破産の場合には、住宅ローンを支払っている自宅について、住宅ローン債権者にだけ支払いを継続するということは認められないため、住宅ローン債権者が抵当権を実行することにより自宅を失うことになりますが、個人再生の場合には住宅資金特別条項という規定を利用して、一定の場合には住宅ローンだけをこれまで通り支払うことが認められており自宅を手放さずにすむことができます。
信用情報に登録され金融機関からの借り入れは再生計画に基づいた弁済の終了から5~7年間はできなくなります。
再生計画に従って支払うべき金額は、再生債権が、
500万円までの場合→100万円
500万円を超え1500万円までの場合→再生債権の5分の1
1500万円を超え3000万円までの場合→300万円
3000万円を超え5000万円までの場合→再生債権の10分の1
となります。
※ただし、上記金額以上の資産を持っている場合にはその資産の価値相当額(清算価値)が支払額の上限となります。
※弁済期間は原則3年ですが、3年での弁済が困難な場合には5年まで伸ばすことができます。
①個人再生申立
②裁判所による再生手続開始決定
③債権者による債権届の提出
④申立人による届け出債権に対する異議申述
⑤申立人による再生計画案の提出
⑥申立人による中間報告書・最終報告書の提出
⑦裁判所による認可決定
⑧再生計画に従った弁済開始
Q 個人再生を利用したら今乗っている自動車を手放さないといけませんか?
A 個人再生を利用した場合に自動車を手放さないといけないかどうかは、ローンが残っているかどうかによって異なります。
まず、ローンを完済している場合には個人再生を利用しても自動車を手放す必要はありません。ただし、自動車の価値を含む持っている資産の総額(自動車の価値に預貯金の残高や生命保険の解約返戻金などを合計した額)が、民事再生法の規定により減額される金額(再生債権が500万円までの場合100万円、500万円を超え1500万円の場合は再生債権の5分の1など)を超える場合には、資産の総額を3年~5年の期間で弁済することになります。
たとえば、借金の額が600万円で資産としては生命保険の解約返戻金が50万円ある方の場合、自動車を持っていなければ、600万円の5分の1の120万円を3年~5年の期間で弁済することになります。生命保険の解約返戻金50万円のほかに時価50万円の自動車を持っている場合は、持っている資産は合計100万円でもともと払わなければいけいない120万円を下回っていますので、自動車を持っていないときと同様に120万円を3年~5年の期間で弁済すればよいことになります。これに対し、生命保険の解約返戻金50万円のほかに時価100万円の自動車を持っている場合は、持っている資産は合計150万円でもともと払わなければいけいない120万円を上回りますので150万円を3年~5年の期間で弁済することになります。このように個人再生を利用した場合自動車の価値によって支払わないといけない金額が増えることがありますが、自己破産の場合、持っている自動車に価値がある場合には、破産管財人が換価して(売って)債権者に配当することになり自動車を手放さなければいけないことと比べるとやはり個人再生の場合には自動車に乗り続けることができるというメリットがあります。
次に自動車代金のローンが残っている場合には、ローン会社は完済までの間自動車の所有権を留保(ローン会社に残しておくということ)していることがほとんどですから、留保しておいた所有権に基づいて引き上げることになるので多くの場合自動車を手放さないといけなくなります。ただし、自動車を仕事で使用する必要性が高く、自動車を手放すと収入が得られず(減り)再生計画に従った弁済ができない場合には、裁判所の許可を得て別除権協定を締結できれば自動車を手放すことを避けることができます。
Q 一所懸命働いて念願のマンションを買うことができました。けれども、親が手術をすることになって出費がかさんだので銀行のカードローンや消費者金融で借金し、会社も不景気でボーナスがカットされたため、カードローンや消費者金融からの借金を返すとマンションのローンを払うことができないのでまた借金を繰り返すことになり借金がどんどん膨らみました。カードローンや消費者金融の借金の金額が減ればマンションのローンを払い続けることができるのですが、自己破産するとマンションは手放さなければいけないと聞きました。何かいい方法はありませんか?
A おっしゃる通り自己破産だとマンションのローンだけを払い続けるということは認められていないため、マンションのローンの債権者が抵当権を実行するためマンションを手放さないといけません。個人再生を利用してみてはいかがでしょうか。
個人再生手続きでは住宅資金特別条項という規定により、マンションのローンを払い続けることができます。そのため、個人再生を利用することでマンションのローン以外の借金が減った場合に(例えば住宅ローン以外の借金が500万円までの場合は100万円に、500万円を超え1500万円の場合は5分の1に減額)マンションのローンの支払いを続けていくことが可能であれば個人再生を利用することでマンションを残すことができます。
Q 2年前に個人再生を利用して借金を返しています。弁済期間は4年間で今返し始めて2年になります。不景気で会社の業績が大幅に悪化し給料が激減し、とても再生計画通りには弁済できません。どうすればよいでしょうか?
A 個人再生では認可された再生計画の履行がやむをえない事情で著しく困難となった場合には、再生計画変更の申立てにより再生計画で決められた弁済期限を最長で2年間延長することができます。延長が認められるためには「やむを得ない事由」があることが必要とされており、「やむを得ない事由」があるかどうかは、再生計画の変更を裁判所に申し立てた上で裁判所が判断することになりますが、勤務先の業績悪化により給料が激減したのであれば「やむを得ない事由」があるとされる可能性は十分にあるのではないかと考えます。
Q 4年前に個人再生を利用して借金を返しています。弁済期間は5年間で今返し始めて4年になります。けれども最近大きな病気が見つかり長期間入院しないといけなくなり、収入が途絶えてしまいます。身内の援助でなんとか生活していますが、とても借金の支払いまでは頼めません。せっかく個人再生を利用してあと少しで完済できるところまできたのに悔しいです。どうすればよいでしょうか?
A 個人再生にはハードシップ免責という制度があります。これは、個人再生手続きで認可された再生計画にもとづく弁済額の4分の3以上の金額の弁済を行っていた場合には、一定の要件を充たせば、残りの債務については弁済しなくてよくなるという制度です。弁済期間が5年で既に4年間支払っているのであればハードシップ免責が認められる可能性があります。ハードシップ免責が認められるには、弁済額の4分の3以上の金額の弁済のほかに、再生債務者の責任ではない事情で再生計画に従って支払いを続けることが「極めて困難」になったということが必要とされています。「極めて困難」になったかどうかは、ハードシップ免責を裁判所に申し立てて裁判所が判断することになりますが、「極めて困難」とは再生計画の変更で必要な「著しく困難」よりもさらに厳しく弁済期限を延長しても支払うことができないことが必要となります。ただし、今後長期間入院する必要があり収入のめどが立たないのであれば認められる可能性はあるのではないかと考えます。
詳しくはこちらを御覧ください。
※なお、どうしても弁護士費用が厳しいといわれる方は、減額や分割させて頂くこともあります。
この記事を書いた人
この記事を書いた人
弁護士 島 晃一
(島総合法律事務所)
1998年に弁護士登録以来、まじめに頑張っている事業者の方や個人の方の負債の問題解決に尽力しています。1966年生まれ。